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20年目の鈴鹿にハートチューニング!
 鈴鹿サーキットに初めてF1がやってきたのは、日本人初のフルタイムのF1ドライバー中嶋悟がデビューした1987年。今年は20回目の記念すべき年である。

 1987年10月29日木曜日、鈴鹿には健気な感動があった。F1GP初開催のコースは、スケジュール開始前日に下見走行をする慣わしだった。真っ先にコースインしたのは、白地に赤いヘルメットの中嶋悟。日本人が、日本のコースをF1で走っただけで、眩暈でクラクラした。牧歌的な時代だった。1990年には、鈴木亜久里が胸のすく走りで表彰台を得た。統制された応援のシステムなどないスタンドが、地響きのような歓声に包まれた。

 2002年のレース終盤、順位を上げて5位を走る佐藤琢磨に大声援が送られた。アイルトン・セナの鮮烈な走りを1987年に目の当たりにしてF1に夢を馳せた琢磨が、憧れの対象になる番だった。フェラーリの赤い帽子や、トヨタの応援団まで総立ち。琢磨ファンの高校生だった私の息子は、「主体性がない」と口を尖らせながら、大好きな琢磨の走りに目を潤ませた。

 ドライバーの技術と度胸を試す名コース鈴鹿は、安全性向上のための改修を受ける度に、安全と引き換えに“追い越しができないコース”と言われるようになった。だが、言い伝えが事実ではないことが去年、証明された。

 300km/h近い超高速の130Rコーナーで王者シューマッハーを、それも常識外れの外側から追い越したアロンソ。最終ラップの1コーナー手前のワンチャンスをモノにして勝利を掴み取ったライコネン。常識を超えた二人の決断力に、15万人の観客の拍手はいつまでも鳴り止まなかった。

 2006年10月8日、20年目の区切りを迎える鈴鹿サーキットには、どんなドラマが待っているのだろうか。

2006年10月 5日 [F1をひろめよう通信WELL!]編集責任者 山口正己

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