F1に就職する方法
「レーシングドライバーの頂点」を争うF1グランプリの世界は、同時に自動車レースを舞台とした激しい技術競争の場でもあるわけで、未来のF1ドライバーを目指す若者たちと同様に「自分の手で世界最速のマシンをデザインしたい」「エンジニアやメカニックとしてF1チームで戦いたい」という夢を持っている人も少なくないだろう。
だが、将来、レーシングカー・デザイナーやレースエンジニアを目指す、しかも「海外」を舞台に活躍したいと考えたときに、一体どんな方法があるのだろう? と考えた時点で、多くの人は壁にぶつかってしまうに違いない。もちろん、こうした仕事は何よりも現場での経験と「場数」が勝負。例えば国内のレースでエンジニアを目指すなら、大学の工学部や理学部で専門知識を身につけ、それからレーシングチームに就職して経験を積むか、もしくは自動車メーカーに就職して、そこからモータースポーツに関わってゆくという手もあるが、こちらは仮に本人が希望したとしても、確実にレース関連の仕事に関われるという保証があるわけではない。また、仮に日本のレース業界の一員となり、そこで経験を積み重ねることができたとしても、ヨーロッパや北米といった「海外」のレースで活躍するためには、コミュニケーション(言葉)や国による習慣の違いなど、乗り越えるべき壁は多く「就職活動」のための人脈やコネを築くことも難しいというのが実情だ。
もちろん、だからそんな夢を持つのは「ムダだ」と言いたいわけではないし、事実、そうした多くの障害を乗り越えて、F1を始めとした海外のレースで活躍している日本人も少なくない。だが、今年の始めにイギリスのバーミンガムで行なわれた自動車レース関連企業の見本市を訪れて驚いた。自ら「モータースポーツ産業における世界の中心」を自認する英国では、多くの大学が「モータースポーツ学科」を持ち、自国のモータースポーツ業界と密接に連携しながら、将来のレース界を支える人材の育成に、文字通り「産学協同体制」で積極的に取り組んでいることを知ったからだ。
今年のル・マン24時間では、東海大学の学生たちが元日産のエンジニア、林義正教授の指導の下「史上初の大学チーム」として参戦して、大きな話題を集めたが、現在、イギリス国内で「モータースポーツ学科」または何らかの形で「自動車レース」に直結するコースを持つ大学は30校以上。いくつかの大学では自動車レース関連企業やF1を含むレーシングチームと提携を結び、学生たちにレースの世界の最前線での研修をする機会を与えているところもある。また、学生が自分たちの設計したマシンで争う「フォーミュラSAE」や、独自のレーシングチームを組織して、ツーリングカーレースやラリーなどに参加している大学も多く、さらに高度で専門的な知識を磨くために、レースに特化した勉強ができる大学院レベルでの専攻科目を用意している大学や、逆に現場での実践的な技能を身につけ、メカニックを目指すひとたちを対象としてカレッジなども数多く存在する。
「今やイギリスには大手自動車メーカーがひとつも残っていないにも関わらず、この国が世界の自動車産業の中で重要な位置を占めていられるのは、自動車レースや高価な少量生産スポーツカー、大手メーカーの先端技術開発など、自動車に関する高度な技術分野でイギリスが多くの優秀な企業と人材を抱えているからです」と語るのは、英国MIA(英国・モータースポーツ産業連合会)の会長、クリス・エイレット氏。「こうした我々の強みを将来に渡って維持し、さらに大きなモノとしていくためにも、教育界と一体となった優秀な人材育成を我々は推し進めているのです」というその言葉には説得力がある。
もちろん、レースの世界では大学で専門的な勉強をしたからといって、それですぐに「実戦で通用する」知識や技術が身につくとは限らない。また、こうした大学を卒業したからといって、誰もがレース界に就職できるワケでもない。F1が多くの意味で「狭き門」であることはエンジニアやメカニックにとっても同じなのだ。しかし、自動車レースの本場であるイギリスで海外での生活や文化を吸収しながら、国際レースの現場で「共通語」として使われる英語を通じて自動車レースの専門知識を学び、同時に先輩たちからの情報やコネクションを積み重ねてゆくことは「海外レースの舞台で活躍したい」という夢を持つ日本人にとって、ひとつの有効な手段なのではないだろうか?
「最近は日本からの留学生も少しづつ増えてきたよ、ちょっと前にもキヨシという日本人学生が教え子にいてね、彼は卒業後にニッサンのエンジニアになったはずだ。本当に優秀な子だったな」と語るのはモータースポーツ学科を持つ大学のひとつである、オックスフォード・ブルックス大学の教授、ジェフ・ゴダード氏。ちなみにゴダード氏はかつて、フォード・コスワースのF1エンジンを設計していた著名なエンジニアだ。
年明けのバーミンガムショー訪問から半年ほど経った今年7月、イギリスGP直後の火曜日にウイリアムズF1チームのメカニックを務める日本人、白幡勝世さんとオックスフォードの街で昼食を食べた。今年35歳になる白幡さんは日本のレース界でメカニックを経験した後、自動車整備専門学校の「先生」として勤務。30歳にして突如「F1メカニックになりたい」と思い立ち、英国に渡ってその「夢」を実現してしまった。ダイナミックな経歴の持ち主だ。ちなみにその白幡さんが最初に英語を学んだのもオックスフォード・ブルックス大学の語学コース。当時のクラスメイトだった日本人学生のTさんも、今年、イギリスの小さなレーシングチームへの就職が正式に決まり、英国で「夢」への第一歩を踏み出すことになった。「そういえば最近、自動車整備専門学校時代に知り合った昔の教え子からも、次々とイギリスに来てこちらのレースで挑戦してみたいという子たちが出てきているんです。そういう子たちが少しづつ増えていって、芋づる式にこっちのレースで活躍する日本人が増えていく……これが僕の“世界征服計画”ですから!」と笑う白幡さん。
自動車レースの最高峰、F1の世界にはドライバー以外にも多くの「チャレンジ」が待っている。未来のF1デザイナーを目指す日本の若者が夢を実現する手段のひとつとして大奥の専門コースが存在する「英国留学」というのも、ひとつの有効な手段になるかもしれない。
(text and photograph by Ken KAWAKITA)





