F1サーキットは住宅展示場!?
F1グランプリのパドックにズラリと並ぶ不思議な「建造物群」。この奇抜な住宅展示場(?)的景色を作り上げているのが、各チームの「モーターホーム」だ。
ちなみに、辞書で“motor home"を調べると「キッチンやベッド、トイレ等の設備を備えた大型の自動車」と書いてある。似たような言葉に"camper”や"mobile home"があり、平たく言えばキャンピングカーとか移動式の家とかいう意味なのだが、F1のパドックに立ち並ぶ個性的な建造物群の多くは、すでにそうしたイメージから遠くかけ離れた姿をしているし、実際に誰かがここで寝泊りしているワケでもない。
1970年代あたりまでは実際にドライバーが自分のキャンピングカーをサーキットに持ち込んで、そこに寝泊りしながらレースするという景色も存在したのだが、現代のF1におけるモーターホームはサーキットにおける各チームの「オフィス」であり「食堂」や「ゲストの接待場所」であり、またドライバーやチーム首脳の「プライベートスペース」としての役割を担う「移動式基地」だと考えてもらえばいいだろう。あるいは寝室こそ無いものの、チームスタッフの「家」と言ってもいいかもしれない。
ところで、このモーターホーム、昔から今のような巨大建造物が立ち並んでいたワケではない。それどころかほんの10年ほど前まではバスや大型トレーラーの横にテントを張った本来の「モーターホーム」に近いものがほとんどだったのだ。しかし、1999年、F1界トレンドリーダー的存在だったチーム・ベネトン(現在のルノーF1チーム)が革新的なモーターホームをパドックに導入したことで、モーターホームの急激な進化が始まることになる。この年、ベネトンが持ち込んだのは、2台のトレーラー間のスペースを仮設パネルの天井と床で繋ぎ、一体の「建物」としてしまう斬新なアイディア! 世界的に展開するアパレルメーカーのチームだけに内外装のデザインもオシャレで、おまけにエアコンも完備と、従来のモーターホームのイメージを文字通り一新するエポックメイキングな存在だった。
ちなみに、当時は世界の大手自動車メーカーが次々とF1に参入し、F1グランプリの主役がそれまでのチームから「自動車メーカー」へと移行していった時期であり、こうした自動車メーカーの潤沢な資金が一気にF1へと流入して一種の「バブル」を形成。そのバブルに後押しされる形で「豪華モーターホーム」の新築競争が一気に加熱し、翌年にはベネトン式をさらに進化させ、その派手なデザインから「パチンコパーラー」(ヨーロッパのメディアが日本で見たパチンコ屋に似ているとして命名)と呼ばれたジャガーのモーターホームや、総2階建てのB・A・R(現在のホンダF1チーム)などが次々と登場し、しだいにモーターホームのデザインや規模がチームやメーカーのイメージをアピールするための「広告塔」的な役割を果たすようなっていった。
その後の代表的な建築物としては、トレーラーを母体とするという従来の概念を捨てて、毎回、銀色に輝く御殿のような建物を「組み立てた」マクラーレン・メルセデスの「コミュニケーションセンター」(2002年デビュー、通称“銀閣寺”)や、そのコンセプトを更に発展させ、兄弟チームであるレッドブルとトロロッソの共用施設として2チーム分の敷地を使用した「エナジーステーション」(2005年デビュー)に至っては、もはや移動式ナイトクラブも兼ねると呼びたくなるほどのド派手の巨大建造物に発展。ここ数年はフェラーリ、マクラーレンなどのトップチームが「総3階建て」の新型モーターホームを導入して高層化が進み、今シーズンからはインドの大富豪が所有する新チーム、フォースインディアも銀色に輝く3階建ての宮殿を新築している。
ただし、こうしたF1パドックの高級住宅化に対して、「デカくて立派ならいいのか?」「勝ってもいないチームがそんなトコに金使ってる場合か?」「いいかげん贅沢すぎるんじゃないの?」といった声があるのも事実。年間で数百億円とも言われるF1の参戦コスト高騰で、スーパーアグリのように破綻に追い込まれるチームも出る中、豪華モーターホームの建設競争もそろそろ考え直す時期に来ているような気もする……。実際、参戦当初から大きく変わらないホンダのモーターホーム(注:ホンダF1のモーターホームには大型の本体と、日本側のスタッフが主に利用する小形の2種類があり、その後者)は比較的簡素な作りながら、家庭的な日本食も食べられる気取りの無いメニューと、フレンドリーなケータリングスタッフに支えられた雰囲気で、日本人のみならず、多くのF1関係者から愛されているし、スーパーアグリが使っていた中古のモーターホームも小規模ではあったが、必要充分な機能を備えていて、かえってすがすがしい印象がしたものだ。「イケイケで、やがて悲しきバブルかな……」(詠み人知らず)。 2週間おきにサーキットに現れる「奇妙な住宅展示場」を眺めながら、ふと、F1の行く末を考える……。
(text by Ken KAWAKITA / photographs by Red Bull, Renault, McLaren)





