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海外のF1レースを観戦に行くのなら、やはりモナコ。誰もが憧れる彼の地への旅はどんなものになるのか。
コートダジュールのエメラルドブルーと照りつける陽射しが、5日限りの華やかな夢を見させてくれた。
兵どもが夢の跡――奥州平泉の地で遙か中世の戦に思いをはせた芭蕉には遠く及ばないが、決勝レースを終えて陽が西に傾いたサーキットにたたずむと、そう感じる。マシンが去ったコース上にはタイヤかすが積もり、ブラックマークが残る。ピットガレージには巨大なトランスポーターが乗り入れ、チームスタッフが機材を運ぶ重機の音があちこちから薄闇に響く。
だが、モナコのレースにそんな感傷はない。世界中の富豪が集まる優雅なこの街に、そんなものは必要ないと言わんばかりに。レースが終わればコースはすぐさま解放され、毎晩のような喧噪が戻ってくる。それがモナコであり、それこそが人々に一度は訪れてみたいと思わせる理由なのだろう。
と、前置きはそれくらいにしてそろそろ本題に。海外のグランプリ観戦に行くとしたらどこへ行きたいか、その質問には「モナコGP」と答える人が大半だと思う。でもどうすれば行けるのか、そのハードルは高いと感じている人もまた多いのではないだろうか。でもそんなことはない。海外のレースを見に行くというのはどんなものなのか、ああ結構難しいことではないんだ――雑記のような気まぐれな紀行文ではあるけど、本稿を読んでそう感じてもらえればと思う。
●コートダジュールへ、F1を。
5月初旬のある日、ふと思い立ってモナコへ行こうと決めた。航空券とホテルを探し、旅の手配をする。僕は旅に出るとき、いつも一人旅だ。ツアーのお世話になるのも悪くないけど、やっぱり気ままに旅するならそれが一番だと思う。
グランプリ週末を前にした火曜の正午、成田を発ってヨーロッパの地へと向かう。アムステルダムを経由しニース、コートダジュール空港へ。着いた頃には午後10時、辺りは真っ暗だ。日本からニースへの直行便はないから、必然的にヨーロッパのどこかの都市で欧州圏内線に乗り継いで行くことになる。エールフランスは満席、アリタリアもダメ、イギリス系は乗り継ぎが悪い......。それで結局KLMオランダ航空に落ち着いたというわけ。アムスの空港にはダリのちょっとした美術館やカジノなんかもあり、少しくらいの待ち時間なら気にならないのもいい。新鮮な魚がカウンターに並ぶ寿司バーなんてのもある。オランダだけあって、本屋に並ぶF1雑誌もクリスチャン・アルバースのMF1やロベルト・ドーンボスの顔が表紙に踊っているのがおかしい。まぁ、あちらの人間からすれば、琢磨が表紙を飾る日本の雑誌も物珍しいんだろうけど。
話を旅に戻そう。延々と続く街灯が弧を描いて波打ち際を照らすニースの海岸線を、タクシーで空港から街へ向かう。予約したのはニース・ヴィル駅から歩いてわずかのところにある安ホテル、ノルマンディ。普段は1泊50や60ユーロの二つ星だけど、グランプリ週末はその倍近い額に跳ね上がる。モナコからは電車で20分の好立地だから、それも仕方ない。わずか1カ月前のタイミングで宿を確保できただけでも幸運だ。
「ひとりでこの部屋に泊まるのかい? ちょっと広すぎるから、何日かだけでもシングル部屋を探してあげるよ」
シングルより割高なトリプルの部屋しか予約できなかった僕に、ホテルのスタッフがそう言ってくれた。でも空室はほとんどなく、せわしなく部屋を移動するのを面倒に感じた僕はお礼を言ってその申し出を断わった。部屋に着いて移動に疲れ切った身体でシャワーを浴びたら、あっという間に睡魔に襲われた。
●優雅で華やかな街、モナコ
いざ、モナコへ。朝のニース駅はグランプリ客というよりも日常の足として使う地元客で混み合う。まだ水曜日。走行セッションは明日からだ。でもグランプリ週末は始まっている。ピットガレージにはマシンが運び込まれ、パドックにはモーターホームが建ち並んでドライバーや関係者が行き交う。コースとして使われる公道も自由に行き来できる水曜日だからこそ、足を運ぶのだ。モナコに居を構えるドライバーも少なくないだけに、いつもよりリラックスした表情の彼らに接するチャンスもある。
ニースから東へ。マントン方面、イタリアのヴェンティミリア行き列車に乗る。モナコまでは2等車で片道3.1ユーロ、1等なら4.6ユーロだ。窓口で「モナコ」と伝えて買ってもいいが、たいてい混雑しているので自販機を使う。よほどモナコへ行く人が多いのか、上下左右にカーソルを移動する必要もなく、OKボタンを押し続ければ買えてしまう。一般的なヨーロッパの鉄道駅と同じように日本のような改札はないので、切符の使用を示す刻印機に挿入してからホームへ。刻印機のそばにいる駅員に切符を見せれば、「D(デ)だよ」とホームを教えてくれる。まぁ、電光掲示を見れば一目瞭然だけれど。
眩しい陽光照りつけるコバルトブルーの海岸線を眺めながら列車に揺られると、紺碧海岸――コートダジュールという言葉の意味するところが目にも鮮やかにわかる。ヴィルフランシュ、ボーリュー、エズと海岸沿いのリゾート村を横目に見ながら、列車はモナコの地下駅へと入っていく。
大理石で造形された薄暗いホームの天井には無数のライトが夜空のように輝き、その豪奢な雰囲気にすでにここは彼の地なのだと痛感させられる。ホーム中程の階段を下り、サント・デヴォートの出口へ向かう。その地下通路も四方が大理石だ。100メートルも歩けば出口が見え、まさにF1マシンが駆け抜ける1コーナー、サント・デヴォートのすぐそばに出た。普段は人々が集うであろう教会はエスケープゾーンの先、タイヤバリアと金網フェンスの遙か奥にその姿をわずかに覗かせている。ホームストレートは一般車両が行き交い、我々もまだ自由に歩くことができる。ピットガレージではマシン整備に追われるチームスタッフの姿も見える。その反対側に並ぶ仮設の観客席は、驚くほどコースに近い。まさに、手を伸ばせばF1マシンの大群に届くのではないかと、ここで行なわれるはずの明日からの走行セッションを脳裏に描いた。
最終コーナーを逆に曲がると、ピットレーンの入り口が見える。すでに大勢のファンが、ドライバーの姿を求めてフェンスに押し寄せていた。ガレージの前には、グランプリ週末前の車検に向かって押されるF1マシンもいくつか見える。右を見れば、テレビや雑誌で見慣れたラスカスの建物。その脇をすり抜けて大小様々なクルーザーが停泊するハーバーへ出れば、そこはもっとも華やかなりしF1パドックだ。
もちろん、一般のファンは立ち入ることを許されない。入り口にはパスをかざして磁気でチェックするゲートが立ち、そばには警備員も常駐している。ただ、普通のサーキットなら中を垣間見ることすら難しいところだが、モナコではハーバーとパドックの間にフェンスが立てられ、そのフェンスの外側わずか数メートルの歩道から中の様子を伺うことができる。ドライバーやチームスタッフが多くの時間を過ごすモーターホームはそのフェンス沿いに並んでいて、通りかかった彼らがサインに応じてくれることもしばしば。こんな好条件は滅多にない。それだけでなく、ハーバーに浮かぶレッドブルの「エナジーステーション」に至ってはすぐそばまで歩み寄ることもできる(入り口には係員が立っていて立ち入りはできないけれど)。そんなわけもあって、スーパーアグリをはじめ人気チームの周辺には早くも熱心なファンが人垣を作っている。
ランチはパドックを挟んだ反対側、王宮の崖沿いにある建物で。ここには複数のレストランやバーが並び、そのうちのひとつ「STARS'N'BARS」に入る。観戦に訪れたファンだけでなく、メディアや関係者の姿もちらほらと見え、店内は非常ににぎわっている。そこかしこに本物のヘルメットやレーシングスーツ、そして果てはジョーダン193などF1マシンまでが飾られている。メニューは北米風のサラダやハンバーガーなど。モナコだけどアメリカン。F1マシンを見ながら、ちょっと不思議な気分になる。
南仏コートダジュールの夜は遅い。時計の針が午後9時を廻ろうかという時間になっても、辺りはまだ薄ら明るい。たっぷりとモナコの街を満喫して、ニースの宿に戻る。ニースなら手頃な価格で美味しいイタリア風フレンチから中華、和食までレストランはいくらでもある。高級リゾートと古き良き旧市街の混在するニースの街並みを楽しんでみるのもいい。駅から1kmほど歩けば、海岸に出る。ビーチの上に建てたられたテラスで波音を聞きながら食べるディナーは、何とも言えず優雅でゆったりとした時間を感じさせてくれる。
●本当の興奮が、そこにある。
木曜からはいよいよ走行セッションが始まる。この日は知り合いのクルマでモナコまで向かうことにした。ニースの海岸線から峠を越え、風光明媚なワインディングから地中海の遠景を望みながら30分ほどでモナコへ入る。目に飛び込んでくるマールボロの看板が、フランスとの国境を越えたことを教えてくれる。ニース駅から出るバスも次々とモナコ国内へと滑り込んでくる。
モナコの街中は朝から人であふれていた。ニース方面からの入り口にあたるアルム広場はグッズを売る露天やバー、レストランに集まる人々のチームキャップやウエアで色とりどりに彩られている。セッションの始まる11時が近づくにつれて、スタンドはいつの間にか満席になっていた。
実を言うと、日本から持参した観戦チケットは自由席券のみ。コース脇のスタンドはすべて指定席で、425ユーロ(約6万2000円)。確かにこんな至近距離でマシンを見られるのは魅力だが、もっと魅力的な観戦スポットがある。それはラスカスから最終コーナーのアウト側にそびえる断崖に設けられた自由席だ。チケット売り場のある最終コーナー先のアルム広場からてくてくと斜面の坂を登って、絶好の観戦ポイントを探していく。沿道はすでに朝からの場所取りでいっぱい。さらに上へ、上へと進むうち、頂上の大公宮殿広場までたどり着いてしまった。衛兵の立つ王宮は、13世紀から地元住民たちが住み続けてきた小さな岩山の旧市街とともにある。古くてこぢんまりした街並みの端、そこからは小さなモナコの新市街が見渡せる。これこそ最高のワイドビューだ。とりわけ海岸沿いから最終コーナーまではすべてが手に取るように見える。そう、問題のラスカス、シューマッハの予選ドライビングも。
お腹がすいたら旧市街のレストランか、露天のサンドイッチかホットドッグ。なんてことはないものだけど、フランスで作られるパンの美味しさ、それとこの絶景があれば充分以上の満足が得られる。ちょっと先まで足を伸ばして、王室御用達のショコラトリーでカカオの香り高いホットチョコレートというのもいい。
モナコの週末はF1だけでなくGP2、ワールドシリーズbyルノー、ポルシェカップなどサポートイベントも目白押し。レース観戦に飽きたら街をぶらりと観光してもいい。あちこちに出店する出店で土産ものを物色するのもいい。ボーリバージュの坂を登り、カジノ、オテルドゥパリ、ミラボー、そしてロウズヘアピンと世界中の富豪が集まるエリアへ足を踏み入れてみるのもいい。F1ファンで溢れかえる優雅な街の風景は、世界中どこのグランプリにもない特別なものだ。
日曜の午後、さぁ決勝レースが始まった。22台のエキゾーストノートが街中にこだまし、早朝からこの瞬間を待ちに待っていた観客席はたちまち興奮に包まれる。歓声が沸き上がり、応援の旗が揺らめく。そう、僕らが求め、待ち望んでいたのはこれだ。レースの内容については、あえてここで述べるまでもないだろう。レースを終えたサーキットは封鎖が解かれ、街は数時間も経たないうちに平静を取り戻していた。F1とはまた別の華やかさが夜のモナコを包む。まるで夢でも見ていたかのような週末だった。
■戦いを終えたモナコの風景
レースから2日後の火曜日、ふらりとモナコの街へ立ち寄ってみた。すると街中には観客スタンドやガードレール、タイヤバリアなどは依然として数多くがそのまま残され、まだグランプリの雰囲気が残っていた。もちろん一般車両や歩行者は自由に行き来することができ、街としての機能は完全に取り戻されている。しかしあちこちにレース観戦を終えてもなおこの地にとどまっている観光客の姿を散見することができた。彼らはグランプリの名残りを見つけては一喜一憂し、F1マシンが駆け抜けたその場所を自分たちの足で踏みしめるように歩いてはカメラに収める。まぁ、自分もその一人なんだけど。サント・デヴォートからコースに沿って1周歩いてみる。近付き難い雰囲気をかもすオテルドゥパリの先、カジノ前にはフェリペ・マッサの予選クラッシュ跡がまだ残っていた。ポルティエのアウト側にある日本庭園で一息つき、トンネルを抜けてパドックがあった場所まで行くと、MF1がまだモーターホームの撤収作業をやっていた。こういうのもモナコの面白さかもしれない。
text and photographs by Mineoki YONEYA





